薬学と私

第76回災害医療における薬剤師の役割

公益社団法人 大分県薬剤師会 理事
伊藤裕子 氏

はじめに

このお話をいただいたとき、在学中に日本薬学会の学生会員となり、長崎での学会発表をさせていただいたことを思い出しました。先輩や同級生とともに、緊張の中、会場入りしたのを今でも覚えています。
現在私は、無床の診療所で薬剤師をしています。公益社団法人 大分県薬剤師会に所属しており、その中で災害対策担当理事として、薬剤師会の災害時業務継続計画作成や災害時医薬品供給車であるモバイルファーマシー(以下、MP)の使用マニュアルの作成と運用に関わっています。なお、MPは、平時も活躍しています。薬剤師会は防災訓練、防災教育、啓発活動への参加、学会での展示などの活動も行っています。その際に、MP を展示したり、MPの活動についてお話しさせてもらったりしています。

その日は突然やってきた

2016年4月14日、午後9時26分。熊本で震度7(マグニチュード6.5)、大分では震度4の地震が発生。直後から、私は大分県薬剤師会の安東会長に、MPの出動について指示を仰いでいました。翌日、薬剤師3名、事務員2名で出動が決定。
1疾病1医薬品、全29品目の医療用医薬品を搭載し、熊本県薬剤師会から指定された益城町役場へ向かいました。現場ではDMATが既に活動していました。私たちも打ち合わせに参加することができ、「災害処方せん」による調剤と投薬を開始しました。24時間体制でしたので、夜間は男性薬剤師2名がMPに残り、私は、熊本市内に住む、大学生の子どもたちの元へ、安否確認も兼ねて移動。事務員も、熊本市内のホテルで翌朝まで待機となりました。

その深夜、誰も予想していなかったマグニチュード7.3の巨大地震が熊本を襲いました。
幸い、益城町に残っていた薬剤師2名も、熊本市内の事務員2名も無事でしたので、夜明けを待って益城町役場に戻ることにしました。余震が何度もあり、夜が明けるまでとても不安でした。
益城町役場に戻ると、MPは傾き、傷つき、内装もぐちゃぐちゃになっていました。事務員の2人が応急処置を施してくれ、翌日には、MP先輩の宮城県薬剤師会の先生方が安全点検にお越しくださることになり、ホッとしました。
交通網も大混乱となってしまったので、本震前の15日に益城町入りしていてよかったです。

益城町役場は半壊状態で、災害対策本部としては、もう使えない状況でした。私たちは、益城町保健福祉センターへ移動することとなりました。しかし、現場が混乱していたため、なかなか移動することができませんでした。その間も、避難している方々の救護活動は途切れることはありませんでした。本震の影響で、益城町の医療機関は壊滅状態だったこともあり、被災者の主訴は、「常用薬の持ち出しができなかったので、その薬が欲しい。」と言うのが多かったです。
この時、お薬手帳の重要性を再認識しました。お薬手帳を持ち出せた方には、同じ薬でなくても、同種同効薬を医師に提案し、すぐに災害処方せんを書いてもらうことができました。10分程度でお薬が手元に届く方もいらっしゃったと思います。しかし、お薬手帳のない方には、医師の診察を受けてから災害処方せんを書いてもらっていたので、順番待ちで1時間以上かかっていました。

活動中のモバイルファーマシー(MP)。車体ボディ部が薬局の入り口になっている。

益城町保健福祉センターでは、自衛隊の配慮により、小児を診る自衛隊の救護所と成人を診る避難所内の診療所の間に、MPを配置してもらえました。
本震から3日後には支援薬剤師がMPでの支援活動に参加してくれるようになりました。その後、広島県薬剤師会、和歌山県薬剤師会のMPも支援に駆けつけ、3つの地域に分かれてMPを中心とした災害医療支援を行うことができました。
調剤業務だけでなくMPの電源を提供し、入浴用温水タンクの給水ポンプ稼働のお役に立てる場面もありました。
また、避難所支援業務として、お薬相談を受けて一般用医薬品を提供したり、公衆衛生の知識と学校薬剤師としての活動を活かして、避難所の換気を促すための空気検査をしたり、手洗い場やトイレなどの消毒の指導助言も行ったりしました。
話は少しそれますが、今回の新型コロナウイルス感染症の流行は、私たちの生活に大きな不安をもたらしています。そして、もし今、災害が起こってしまったら、今まで通りの避難所運営では難しいと、誰もが考えています。しかし、熊本地震の時に行ったような災害支援薬剤師による公衆衛生活動は、新型コロナウイルス感染症対策としても有効なので、その経験を活かし、しっかり伝えていきたいです。個人でできる準備として、避難用品の中に、手指消毒剤やマスクなどの感染症対策用品を入れておくことも、お伝えしたいと思います。

モバイルファーマシー(MP)の内部。実際に熊本震災時に活動中の様子。

話を元に戻します。
2016年4月15日から5月29日までの約1ヶ月半、災害支援薬剤師は全国から集まり、大分MPで活動した薬剤師は、227名にのぼりました。
大分MPだけでも合計2,162枚の災害処方せんを受け、医薬品の数は、最多の時は275品目になりました。一般用医薬品は持参していなかったのですが、震災後に使用が始まり、多い時で99品目ありました。
被災者の方々が避難所での不安な生活の中で、いつもの薬がいつものように服用できる安心感を多くの災害支援薬剤師仲間とともにお届けできたことは、MPが出動した大きな成果となったと思います。

MP2度目の出動

2度目の出動は、翌年2017年7月の九州北部豪雨の被災地となった日田でした。大分県からの要請で出動しました。この時、医療機関は、ほぼ機能していましたので、MPは避難所でのお薬相談と一般用医薬品の提供、かかりつけ医への受診勧奨が主な仕事でした。7月5日から9日までの5日間で10名の災害支援薬剤師が大分県内から派遣されました。お薬相談は65件、一般用医薬品の提供は19件でした。5箇所の避難所を巡回し、モバイルファーマシーの「モバイル」の部分を発揮できた支援となりました。

さいごに

私は、災害支援に入ったときに、自衛隊の皆さんの災害に対する専門性と正確な判断に心を打たれ、学びたいと思いました。そして、薬剤師としての職能を生かしながら、予備自衛官になれる「予備自衛官補」の試験を受けました。合格後の訓練を経て、「甲種 衛生予備自衛官 三等陸佐」として任官され、現在は、年に1回の訓練に参加しています。
災害支援薬剤師の仕事は、薬剤師法の第1条「薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによって、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする」という条文に全て当てはまる仕事だと思います。
災害は、起こっては困りますが、これからも、災害時に頼れる薬剤師でありたいです。

注:本原稿は2020年5月にご執筆いただきました。