薬学と私

第77回弁理士という仕事に出会って

特許業務法人 三枝国際特許事務所
弁理士 西橋 毅 氏

【きっかけ】

 弁理士という国家資格を知ったのは、新卒で製薬企業に入社する前年、博士後期課程3回生の夏でした。当時の知り合いから、取得したら役に立つかもしれない資格として聞かされたのですが、その当時は書店で弁理士試験の過去問を見て、自分にはちょっと荷が重過ぎる試験だと感じ、それっきりでした。

 その後、製薬企業に入社して研究所勤務を続ける中で、どうしてもそこでの仕事にやりがいを見出せずにいる自分に焦りを感じるようになっていました。かといって、研究以外の仕事に対して自分が秀でているようにも思えない。当たり前の話ですが、会社の中にいる以上、仮にそれが望まないものであったとしても与えられたテーマに取り組まないといけないですし、もし研究以外の望まない職種に異動となれば、もちろんそれに従うしかありません。
 そんなときにふと思い出したのが、弁理士という資格です。

「この仕事であれば、これまでの研究で培った経験や知識も活かせるだろう。学生時代に趣味で磨いた英会話のスキルもある。会社の命令で望まない職種に配置転換なんてこともないだろう。弁理士という仕事に自分さえ納得すれば、ずっとプレーヤーとして活躍できる。そして自分は、弁理士という仕事に納得できる。法律の知識は・・・・これから勉強すればいい。」

 そう思って、無資格未経験で、地元関西の特許事務所に転職しました。33歳の時でした。今から思えば、乳飲み子を抱えていたのによく家族が許してくれたものだと思います。

【弁理士とは】

 閑話休題。弁理士は、顧客の依頼を受け、代理人として特許権や商標権などの産業財産権に関する手続を特許庁に対して行うことを主要な業務としています。弁理士には、特許法をはじめとした法律に関する知識だけでなく、発明の内容を理解する力も要求されます。しかしそれだけで充分ではなく、数多くの実務をこなすことにより得られる経験や知識もないと、顧客からの信頼を得ることはできません。

 また、仮に日本のみならず、多くの国で特許権を取得しようとする場合、属地主義の下それぞれの国で特許権を取得する必要があります。つまり、顧客が外国で特許権を取得したいとなった場合、その国の特許庁に特許出願する必要があります。しかし日本における弁理士資格は日本でのみ有効で、他国での特許出願における代理人業務を私たち日本の弁理士が行うことは許されません。外国の付き合いのある特許事務所に依頼することになります。この場合、他国の弁理士と連携していくために、私たち日本の弁理士にはある程度の語学力も求められます。

【弁理士資格を取得するまで】

 話を元に戻します。製薬企業から特許事務所に転職した後は、昼は先輩弁理士の指導の下で実務をこなしつつ、夜は弁理士試験勉強という日々でした。
 弁理士試験は年に1度行われます。5月の短答式試験(マークシート形式)、7月の論文試験、11月の口述試験の3段階で試験が実施されます。多くの弁理士試験受験生がそうであるように、私も論文試験をなかなかクリアすることができずに苦労しました。途中何度かくじけそうになりつつも、何とか4度目の試験で合格することができました。

【資格取得から現在】

 製薬企業から最初に転職した特許事務所では、親切な先輩にも恵まれて特許実務を一から教えていただき今でもとても感謝しています。もちろん新卒で入社した製薬企業に対しても同じ感謝の思いを持っています。

 しかし、資格を取得して実務経験を積んでいく中で、一つだけ心に引っかかることがありました。それは若い頃に培った薬学研究の知識や経験を全く活かせていないことでした。薬学部出身者である私の研究のバックグラウンドといえばもちろん薬学になるわけですが、製薬企業の案件はそれほど多くあるわけではありません。製薬企業の仕事を受任している特許事務所となると、ごく一部の特許事務所に限られてきます。最初に勤務した特許事務所では専ら化学メーカーの特許出願を手がけており、製薬企業の案件は無いに等しい状態だったため、ずっとわだかまりを感じていました。

 「ブロックバスターと呼ばれるような医薬品の特許明細書は、一体どんな人が書いているのだろう?自分も機会があれば、そのような特許出願に関与してみたい。」

 そんな想いを胸に、2016年、私はそれまで勤務していた特許事務所から現在勤務している特許業務法人 三枝国際特許事務所に転職しました。三枝国際特許事務所は、いわば我が国の製薬企業のメッカとも言える大阪の道修町に位置し、古くから多くの製薬企業に依頼をいただいている特許事務所です。早くからペーパーレス化やテレワーク化にも取り組んでおり、今回のコロナ禍でも大きな混乱もなく対応しています。

 現在は、医薬はもちろんのこと、化学・バイオを中心とした多様な技術分野の特許出願に携わっています。多くの有能な先輩や同僚に囲まれて、時には周りに相談したりアドバイス貰ったりして貴重な経験を積みながら研鑽を続けています。発明の技術だけでなく、特許の法律や実務は時代に合わせて少しずつ変化していくので、これに対応しつつ、常に自分の腕を磨いていく必要があり、それに終わりはありません。研究者時代に培った経験を活かしつつ、その後に身につけた特許実務に関する経験をも活かせるこの仕事は、思えば自分に合っていたのかもしれません。

【最後に】

 薬学を学ぶ皆様の多くは、製薬企業の会社員、病院や調剤薬局の薬剤師、大学教員、薬学系行政官といった将来を想像されているのではないかと思います。かつては私もそうでした。
 弁理士という仕事は、医薬品とは切っても切れない関係にある「特許」に携わり、いわば上記の職業を支える黒子役のような存在だと思います。私自身は学生の頃、弁理士の仕事にはほとんど興味も無かったのですが、今となってはもっと早く出会っていればよかったと思います。
 この寄稿が、薬学生の皆様が将来を考える際の一助になれば幸いです。