薬学と私

第80回未知なる薬学との遭遇を振り返る

松山大学薬学部 客員教授
松岡 一郎 先生

薬学に職を得て

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の暗雲が広がる2020年3月末、松山大学薬学部を定年退職しました。私が薬学の世界に入ったのは偶然です。大学院時代は大阪大学理学部の故殿村雄治先生の生体エネルギー変換の研究室でミトコンドリアのF1-ATPaseF1-ATP Synthase)の研究をしていました。ようやく博士論文の目途が立ち、さらに研究を進めたいと米国留学を考えていた時、折しも研究室出身の先輩から、味と匂いの化学感覚研究に新しい切り口を開かれた北海道大学薬学部の栗原堅三先生が研究室メンバーを募集していると聞き、思い切って応募したことが薬学との出会いです。

 1982年、北大薬学部に職を得てまず感じたことは、研究面では理学部時代と同様に自由に研究に取り組める雰囲気で、違和感なく薬学部に溶け込めたことです。栗原先生は、大学院を出たばかりの私に対し、研究室のそれまでの成果を引き継いでさらに発展させるということよりも神経科学の範疇であれば良いので本質的でオリジナルなことを探して自由に取り組むように、その上で研究室の発展に貢献できるようになればなおさら良い、という指針を示してくださいました。そこで、栗原先生や他の研究室スタッフと議論しながら手探りで始めたのが、神経栄養因子などが関わる神経細胞の分化と成長のプロセスの解明です。研究熱心な学部生・大学院生が多く、目標と意欲を持って研究活動を開始することができました。また、学部内は研究室間の交流・協力も大変盛んでした。研究発展の環境を重視して若い研究者の自主性や創造性を尊重しようという考えは、栗原先生の個性だけに留まらず、創設当時から続く北大薬学部の伝統として現在まで連綿と受け継がれているように感じます。

 その一方、ともすれば基礎研究に情熱を傾ける教員が薬剤師の育成に対して無関心に見えることが気になりました。医学部薬学科から独立したことに自主独立の気概を持っていても、薬剤師養成に関わる唯一の学部の教員として薬剤師養成に対しての熱意を表現できない状況に、違和感を覚えました。そのような中で、目を見開かれる思いをしたのが、故上田亨先生と佐藤嗣道さんとの出会いです。日本の核酸化学の第一人者で北大薬学部長でもあった上田先生は就職したばかりの私を前にして、ご自身が設立に関わられた社会薬学研究会(現日本社会薬学会)を例に、大学や企業の片隅で生まれた小さな芽が医薬品となって患者のもとで安全かつ有効に使われていく過程全体の社会性と倫理性に注目して多面的に研究と教育を進めること、そしてその成果を社会に還元していくことの重要性について、熱く語られた様子を今も記憶しています。その後しばらくして、私のもとで卒業研究配属生となったのが佐藤嗣道さん(現東理大薬・日本社会薬学会副会長)です。サリドマイド薬害の被害者であった佐藤さんは、生まれながらにして背負うことになった薬害の成因の解明と再発防止に取り組むことを目標に薬学部に入学しました。佐藤さんは実験中心の基礎研究に熱心に取り組みましたが、日々の対話を通じて、むしろ私の方が教えられることの方が多かったように感じました。このようにして私は、未知なる薬学の多面性、総合性を学び始めることになりました。

Powerful Medicines

 2008年に四国の松山大学に移りました。薬剤師養成の6年制教育への移行と同時に新設された薬学部で、全国から集まった同僚教員と共にそれまでの専門性を活かしつつも未知の領域であった薬剤師の資質養成を中心に据えて取り組むことになったわけです。ところが、前期の生理学の講義を終えたところで、私はステージⅣの血液がんを発症しました。幸運なことに半年余りの闘病を経て退院することができました。効果と副作用を確かめながら抗がん剤や抗体医薬の組み合わせを何度も変更して無事回復できたことに、我ながら驚くと共に深く感謝しています。実用化されて間もない抗体医薬の力や漢方薬が抗がん剤の副作用を抑制する力(いずれもPower of Medicines)を実感すると共に、患者のみならず医療者や同僚・家族を含む周囲の人間的な営みが治療に大きな影響を与えることを知りました。

 闘病中の貴重な成果は、松大の先生たちと共同で始めていた「Powerful Medicines2004)」の翻訳のかなりの部分を入院中のベッドの上で進められたことです。Harvard大学の薬剤疫学者Jerry Avorn教授が著された同書は、古代に始まる薬の歴史から説き起こし、巨大市場を背景にした最先端の医薬品開発にたどり着いた現代社会の中で、薬がもたらす便益(効能)とリスク(安全性)、そしてコスト(価格)のバランスを患者と市民の視点で客観的に把握して、解決に取り組むことがいかに重要かを明快に示していました。多くの未知の言葉の意味を一つ一つ確かめながら翻訳を進める中で、ようやく薬学部の教員になれたような気持ちが、私自身の中に生まれました。製薬企業の担当者(MR)に代わって、薬剤師などが中立的で客観的な医薬品情報を処方医に伝える活動として知られるようになったアカデミック・ディテーリングも、Avorn教授が最初にアメリカやオーストラリアで始めたことを知ったのもこの書物を通じてです。

世界の薬学・日本の薬学

 職場復帰からしばらくの2012年、薬学部長を仰せつかりました。新設の6年制薬学部を軌道に乗せるために取り組まなければならない課題は山積みでした。6年制学部と医療現場との間での教育・研究両面の密接な関係の構築、6年制学部に接続する新しい4年制大学院のカリキュラム設計、6年制教育に合わせてバランスの取れた教員組織の再構築などです。この頃、徳島文理大学の桐野豊学長からお誘いがあり、四国内の4薬学部で連携して6年制薬学の充実に取り組もうということになりました。そこで、文科省補助の「四国の全薬学部の連携・共同による教育改革」事業として、教員FDや学生研究発表会など種々の取組みを行いました。その中でも大きな取組みとなったのは、欧米各国の薬学教育制度・薬剤師制度の調査です。

 201317年にかけて4薬学部の教員と共に北米、欧州、豪州の計8ヶ国を訪問し、薬学部、病院、薬局、薬剤師組織などで見学や聞き取りを行いました。大学入学から薬剤師資格を得るまでの期間を比較しても、最短は一般薬剤師と上級薬剤師を区別するフィンランドの3年間(一般薬剤師)から、日本と同様6年間のアメリカ(PharmD)や、研究能力を重んじるフランスでは病院薬剤師の資格を得るまでを9年とするなど、各国の伝統や医療現場のニーズを反映して多様性があり、統一や互換性への道を模索しています。むしろ共通の傾向として強く意識されたのは、いずれの国でも医療現場での実習が薬学部入学初年度(1週間程度)より設定され、学年が上るにつれて期間がさらに長くなるようにカリキュラムが設計されていることや、処方判断やワクチン接種にまで薬剤師業務が拡大している国々(米英豪など)では、学部教育における専門科学教育と同様にプロフェッショナリズム教育・倫理教育が重視されていることでした。また、それらの国々では学部教育から卒後教育までを一貫した枠組みの中で捉えており、薬剤師の規範(スタンダード)や免許更新制度などを基にした薬剤師の資質や職責の継続的な維持向上が実践されていました。一方、どの国においても薬剤師養成における研究教育を重視しており、研究に割り当てられた期間は半年から1年程度と日本と比べると短くても、その間は研究活動に専念させると共に、研究場所も学部内に留まらず、医療機関や行政機関にまで出向かせて、多様な研究テーマに取り組めるような仕組みが作られていました。また、オーストラリアでは、薬剤師が中心となって設立した組織(NPS MedicineWise)が政府からの強力な支援を得てアカデミック・ディテーリングを実施している様子を観察しました。これらの調査を通じて、日本の薬学のあり方を相対的に捉えることができるようになり、人材育成の目標を強く意識するようになりました。そしてこれらの知見を日本の薬学教育の参考にするために、「世界薬学探訪記(桐野豊編著)」に纏めることができました。

国際薬学連合を通じた日本薬学会から世界への貢献

 2019年、日本薬学会理事会から国際薬学連合(FIP: International Pharmaceutical Federation)の評議員(Council Delegate)に指名されました。1912年に欧州で設立されたFIPは、薬に関わる実務、科学、教育の発展を通じて世界の医療の向上に貢献することを任務とする国際組織です。現在、FIPの活動は世界110ヶ国以上に広がり、日本からは日本薬剤師会、日本病院薬剤師会、日本薬剤学会と日本薬学会が加盟しています。結成当初FIPは患者への確実な医薬品の提供とその質保証など、薬剤師の職能・職域に関わる活動に重点を置いていました。しかし、近年の医薬品開発の急速な進展により、薬の創製から適正な使用に至るまでの全ての過程における科学と薬科学者の役割に対する認識が深まり、科学部門が生まれました。また、医療のグローバル化が進む中で地域間の格差もFIPが取り組むべき課題として認識されるようになりました。そこで、最近のFIPは、世界保健機関(WHO)と連携した国際協力や、科学を基盤とした人材育成・教育を重視するように大きな変革を遂げています。COVID-19の世界的拡大を受けてFIPは、COVID-19の感染防止と治療や薬剤師の活動に関する指針作成、Webinarの開催などの情報発信・共有を積極的に行っています。FIPの活動は、各種のJournal・啓蒙文書の発行や声明発信、地域毎の啓蒙・支援活動など多岐にわたりますが、最も大きな行事は毎年9月に開催される世界大会(FIP World Congress)で、世界中から加盟機関の代表と個人会員の参加者が一堂に会します。また、4年に一度、FIPの科学部門が中心となって開催する大会PSWCPharmaceutical Science World Congressは、20235月に横浜で開催予定です。 

 FIPは、医療の進展やそれを取り巻く世界の変化に対応できるように、目標(Vision)と任務(mission)を設定し、それに必要な戦略(strategy)を立てて活動を進めると共に、定期的に達成状況を見直して自らの改善に取り入れています。2019年の世界大会では、ONE FIPのコンセプトが掲げられ、従来からの薬学実務、薬科学、薬学教育の3部門が互いに連携を取りなら共通の目標に向かって活動することが示されました。これを受けて2020年のオンライン大会では、1. Academic Capacity, 2. Early Career Training から21. Sustainabilityまで21項目にわたる開発目標(FIP Development Goals)が公表されました。そして、世界の薬事・薬学のさまざまなデータを収集・解析・共有して、FDGs達成の指標としてフィードバックする仕組み(Global Pharmaceutical Observatory)も作られました。

 FIPは常に目標と戦略を掲げて活動を進める組織であり、各国の加盟機関にどのような貢献ができるかを求めています。これに呼応して日本薬学会は、20223月から年会にアジア太平洋地域の若手薬科学者・薬剤師を招いて、人材育成・交流の場をつくることをFIPと共同で計画しています。FIP創設から遡る1880年に設立された日本薬学会は、有機化学・天然物化学に始まる薬科学研究に重心を置いて発展してきましたが、現在では4年制・6年制の薬学教育の枠組みや医療現場の薬剤師の科学的な活動にも大きな影響力を持つようになり、日本の薬学を総合的に代表する組織となっています。今後、FIPと日本薬学会がさまざまな面で交流を深めていくことは、日本の薬学全体にとっても、その伝統を振り返りつつ世界的な要請に対応した新しい変化を生み出し、未知なる薬学の領域をさらに切り開いていくことにつながると期待しています。